日本のクマ人身被害は2025年度に237人・死亡13人(環境省速報値)と統計開始以来の最悪を更新し、同年9月1日からは市街地での銃猟を認める緊急銃猟制度が施行された。農作物被害額は令和6年度で約188億円(農水省確定値)、シカ推定246万頭・イノシシ78万頭(いずれも環境省推定値)という過密状態が続く一方、狩猟者は1970年代の53万人から約20万人へと6割減し、その6割が60歳以上という超高齢化に陥っている。
「駆除反対」でも「捕獲一辺倒」でもなく、査読論文のエビデンスが示す第三の答えは明確だ——駆除を全面否定する立場は現場の命を守れず、駆除を第一選択にする立場は科学的効果を立証できていない。必要なのは、個体の苦痛に配慮しつつ、予防・排除・忌避・選択的除去を階層的に組み立てる**統合的野生動物管理(IWM)**である。
この記事は畜産学の視点から、この「両立の境界線」を数字と論文で引き直す試みである。対象はクマ・イノシシ・シカ・サルの主要4種。家庭でできる対策から国の政策まで、スケールを横断して整理する。
数字が語る獣害の現在地
まず事実を直視したい。
環境省の速報値(令和8年4月更新)によれば、令和7(2025)年度のクマによる人身被害は215件・237人・死亡13人で、過去最悪だった令和5(2023)年度の198件・219人・死亡6人をさらに大幅に更新した。秋田67人・岩手39人(死亡5人で最多)・福島24人など、東北6県だけで全体の約6割を占める。10月単月で89人が突出し、ブナ・ミズナラ・コナラの広域凶作と時期がぴたりと重なる。2023年度には許可捕獲だけでツキノワグマとヒグマ合わせて9,274頭が駆除されており、これは統計史上最多である。
農作物被害は令和5年度が約164億円、令和6年度は約188億円(前年度比+24億円。いずれも農水省確定値)。内訳は以下のとおり(出典により推計幅あり)。
- シカ:約70〜79億円(推計幅あり)
- イノシシ:36〜45億円(推計幅あり)
- カラス:13億円
- クマ類:7.5億円
- サル:7億円
シカとイノシシで全体の3分の2を占める。ピークだった平成22年度の239億円からは減少したが、令和以降は横ばいから微増で下げ止まっている。林野庁データでは森林被害面積の約6割がシカの食害であり、尾瀬のニッコウキスゲ、大台ヶ原のトウヒ立ち枯れなど、金銭に換算できない生態系損失が静かに進行している。
なぜ今、獣害が深刻化したか
根本原因は複合的だ。
- 荒廃農地は令和6年3月時点で25.7万ha、農地面積は60年間で30%減少
- 狩猟免許所持者は1970年代の53万人から現在20万人前後に落ち込み、実働ハンターは10万人を割り込んだとの指摘もある
- ニホンジカの分布域はこの40年で2.7倍、クマ類は約2倍、ヒグマ推定生息数は30年で倍増
人が山から撤退し、里山の薪炭利用が消え、緩衝帯が消失した結果、野生動物の方が空白地帯に拡散してきた——これが実態である。
「森が荒れたから仕方なく降りてくる」という単一原因論は、気候変動による堅果類凶作、人口減少、誘引物管理不足、個体数そのものの増加という多因子を見落としている(坪田敏男・大井徹らの一連の研究)。
「殺さずに防ぐ」が機能する条件
非致死的対策の中で、最も頑健なエビデンスを持つのは電気柵とクマスプレーである。
クマスプレーの科学
Smith et al. (2008) Journal of Wildlife Management がアラスカの83事例を解析した古典的研究では、クマスプレーは——
- ヒグマで92%
- クロクマで90%
- ホッキョクグマで100%
の確率で攻撃を停止させ、使用者の98%が無傷だった。
同じチームによる2012年の銃器比較研究では、銃器の阻止率84%と統計的に有意差なく、**銃器使用時はヒトの負傷56%・クマの死亡61%**と双方に深刻な被害が出るのに対し、スプレーは人もクマも生かす。
日本では銃刀法・武器等製造法の制約で一般販売はないが、カウンターアソールト等が登山用品店で8,000〜12,000円で入手できる。
電気柵の科学的原理と限界
電気柵の原理は単純だ。**4,000V以上(理想6,000〜10,000V)**のパルス電流を1秒間隔で流し、動物の鼻先など毛皮のない部位が触れた瞬間に「痛み+恐怖」を学習させる。
国内主要製品は以下のとおり。
- 末松電子製作所「ゲッターエース3」(Amazon実勢約4万円)
- Gallagher「番兵」シリーズ
- ファームエイジ「タイガー電気柵」
ただし獣種で設計が全く異なる点を見落とすと機能しない。
- イノシシ:20cm・40cmの低段で鼻先を狙う
- シカ:1.5m以上5段
- クマ:撚り線と強化アースが要る
設計ミスや雑草による漏電、通電停止期間があると動物は逆に「無害」と学習し、効果が反転する。
鳥獣被害防止総合対策交付金は令和7年度約99億円で柵設置を助成するが、会計検査院は**「交付金累計額と被害減少額に明確な相関関係は認められない」**と2024年に指摘した。柵が効くかどうかは、物ではなく維持管理の質で決まる。
忌避剤の落とし穴
忌避剤の世界はもっと複雑である。カプサイシン系、木酢液、硫黄系(ヒトデdeGなど)、オオカミ尿(ウルフピー)が市販されているが、ほぼすべてで「習慣化(habituation)」が報告されている(Nyhus 2016 Annual Review)。
特にウルフピーについては、農研機構西日本農業研究センターの江口祐輔・上田弘則(2014)が**「イノシシはオオカミ尿に対して忌避しない」**という否定的知見を公表している。マウスでは恐怖反応が出るという生理実験はあるが、日本ではオオカミ絶滅から100年以上経ち、野外のイノシシに天敵認識の進化的基盤が弱まっている可能性も指摘される。
ローテーション使用と物理柵の併用が科学的に推奨される。
新技術(AIカメラ・ドローン・威嚇装置)
AIカメラ(熊さんカメラ、クマミるAI、Bアラート)、モンスターウルフ型威嚇装置(40万円前後〜)、ドローンによる追い払い・サーモ検知は急速に普及中だが、「検知」と「行動変容」は別問題である。長期の査読エビデンスはまだ薄く、住民通知・物理柵・緩衝帯整備とセットで初めて機能する。
非致死的対策のエビデンス優位性
ここで研究者として慎重に言葉を選びたい。厳密な研究設計の条件下では、非致死的手法が優位な傾向を示すエビデンスが蓄積されつつある——ただし状況依存性が高く、どんな現場でも万能というわけではない。
- van Eeden et al. (2018) PLOS Biology:4独立レビュー・114研究を統合し、家畜保護犬・囲い柵・フラドリの3手法のみ「エビデンスあり」と判定
- Treves, Krofel & McManus (2016) Frontiers in Ecology and the Environment:ゴールドスタンダード(無作為割付・BACI設計)を満たす12研究で非致死的手法は5研究中4が被害減少、致死的手法は7研究中2が逆に被害増加を引き起こしたと報告
駆除が「逆効果」になる科学
駆除推進の立場を最も揺さぶるのは、駆除そのものが被害を悪化させる場合があるというエビデンスである。
オオカミ駆除の逆説
Wielgus & Peebles (2014) PLOS ONE は米国3州25年分のデータで、オオカミを1頭殺すと翌年の家畜被害オッズが羊で4%、牛で5〜6%増加し、駆除率が25%を超えるまで逆効果が続くことを示した。メカニズムは群れの社会構造崩壊——成獣オスを除けば若い未熟な個体が家畜を狙い、繁殖ペアは代償的に増える。
ただしここで誠実でありたい。この結果には Poudyal et al. (2016) と Kompaniyets & Evans (2017) による再解析論文があり、時間トレンドを変数に入れると結果が逆転する。駆除と被害の関係は一義的でなく、「駆除は常に逆効果」とも「駆除すれば必ず減る」とも言えない、というのが2026年時点の科学の到達点だ。
それでも、Santiago-Ávila et al. (2018) PLOS ONE がミシガン州で駆除した農場の被害は減るが、近隣農場では増加する空間スピルオーバーを定量化したことは動かない。
ニホンザルの群れ分裂問題
日本のニホンザルでは、環境省の『特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(ニホンザル編)改定版』(2024)が公的に警告している——
「群れの特性を把握しないまま闇雲に捕獲しているため、群れの社会性をかく乱して群れを分裂させ、小集団化による定着や群れ分散といった現象によって被害問題が煩雑化している」
駆除数が増えているのに被害が横ばいという逆説の主因がここにある。サルは他の3種と決定的に異なる——群れで行動し、学習能力が極めて高く、駆除が逆効果になりやすい。サル対策は駆除より**群れ管理(追い払い・モンキードッグ・電気柵設計)**が本丸になる。
駆除が正当化される4領域
ではどこまで駆除が必要か。科学的な境界線は四つある。
第一に、食物条件付け・人馴れを学習した「プロブレム個体」の選択的除去(Herrero 2002、Wilder et al. 2017)
北海道のOSO18は2019年から2023年までに乳牛66頭を襲撃(うち32頭死亡)し、食性分析で極度の肉食化が確認された個体だった——このような明確な危険個体を放置することは、科学的両立論の立場でも正当化しえない。
第二に、生態系収容力を超えた高密度
Takatsuki (2009) Biological Conservation の総説、大台ヶ原や丹沢のシカ柵実験、Tanentzap et al. (2009, 2012)のニュージーランド研究はいずれも、**「密度低下が遅れると林床の回復にヒステリシスが生じる」**ことを示す。
第三に、固有生態系を破壊する外来種
アライグマ、ヌートリア、特定外来生物の駆除は生物多様性条約第8条(h)が締約国に求める義務であり、在来種管理とは倫理的に同一軸で論じられない。
第四に、豚熱(CSF)など家畜防疫
2018年以降の野生イノシシ管理はワクチン散布と捕獲の統合戦略として国際的にも確立している(Rossi et al. 2015)。
これら以外で、予防・排除・忌避の上流手段を使い切る前に個体群レベルの駆除を選ぶことに、科学的正当化は乏しい。この認識が、IPM(総合的病害虫管理)の野生動物版である**統合的野生動物管理(IWM)**の基本思想である。
意思決定の基本ルール——IWMラダー
獣害対策の優先順位を、科学的エビデンスに基づいて5段階で整理するとこうなる。上から順に使い切ることが原則であり、下位手段の前に最終手段(個体群駆除)に飛ぶことは、科学的にも経済的にも非効率である。
ステップ1:誘引物除去 放棄果樹の伐採、ゴミ・生ゴミ管理、ペットフードの屋内管理 → 人間側の行動変容で「呼ばない」環境を作る
ステップ2:物理的排除 電気柵、ワイヤーメッシュ柵、緩衝帯整備 → 動物が侵入できない物理的境界を設計する
ステップ3:忌避・追い払い クマスプレー、忌避剤のローテーション使用、モンキードッグ、ドローン → 動物に「ここは危険」と学習させる
ステップ4:問題個体の選択的除去 食物条件付け・人馴れを学習したプロブレム個体のみを対象 → 個体群全体ではなく、リスクを生む特定個体の除去
ステップ5:個体群管理(最終手段) 収容力超過、外来種、家畜防疫の4領域に限定 → 上位ラダーで対応不可能な場合の最終選択肢
このラダーは、個人の家庭菜園から国の制度設計まで、スケールを問わず適用できる判断フレームである。次章以降の海外事例と国内実践は、いずれもこのラダー構造の上で理解できる。
海外のリアルから学ぶ「共存」の実装
「共存(coexistence)」という言葉は情緒的スローガンではなく、Carter & Linnell (2016) Trends in Ecology & Evolution が定義した科学概念である。三要素は以下のとおり。
- 社会が受け入れ可能な被害レベル(tolerable impact levels——共存はリスクゼロではない)
- 実効的ガバナンス
- 動物と人間の相互適応(co-adaptation)
2023年にはIUCN SSCが初版の**『Human-Wildlife Conflict and Coexistence Guidelines』**を発行し、CBD(生物多様性条約)COP15の Global Biodiversity Framework Target 4にも明記された。
米国BearWise——人間側の行動変容を強制する
米国南東部15州が2018年に立ち上げたBearWiseプログラムは実装面で成功している。家庭6原則(意図的餌付けの禁止、ゴミ・臭気管理、鳥の餌台撤去、ペットフード屋内、グリル清掃、近隣共有)を徹底した結果——
- ノースカロライナ州Highlands町は米国初のBearWise Town認証を取得
- フロリダ州Hurlburt基地では耐熊ゴミ容器と教育でヒト・クマ衝突が70%減少
- コロラド州は2025年に誘引物放置の立証基準を「故意」から「careless(怠慢)」に引き下げる州法改正を行い、個体を殺す前に人間側の行動変容を強制する方向へ舵を切った
スペイン・カンタブリカ——再導入なしの回復例
スペインのカンタブリカ山脈のヒグマは1980年代50〜70頭まで減少したが、EU Habitats Directive下の厳格罰金(最高30万ユーロ)と生態観光化、LIFE基金による生態回廊整備で2021年には370頭まで回復した。再導入なしで在来個体群が復活した稀有な事例である。
スウェーデン——性能ベース支払いの実験
スウェーデンのConservation Performance Paymentは被害死体ベースではなく「繁殖メスの家族群数」に応じてサーミ共同体に定額支給する制度で、性能ベース支払いの代表例だが、25年運用の結果**「家族群推定への不信、支払額不足、森林伐採・鉱山の累積圧を無視」という限界**も明らかになっている(Kaiser et al. 2025)。
韓国智異山——日本と比較すべき近隣事例
最も示唆的なのは韓国の智異山ツキノワグマ復元だ。2004年にロシア沿海州等から23頭を放獣し、2024年には野生個体数86頭を達成しながら、放獣開始から約20年間でヒトへの攻撃記録がゼロという統計がある(Korea Herald 2024-25、IUCN 2024)。
日本と同種・同等の人口密度でなぜこの差が出るのか——放獣個体が人間食に未学習だったこと、登山道の集中管理、非致死拡散個体の迅速捕獲鎮静、国家レベルの教育一貫性が仮説として挙がるが、学術的比較研究が日本に最も必要な領域である。
イエローストーン・オオカミ再導入を日本に適用できるか
一方、**イエローストーン・オオカミ再導入(1995年)**を日本のシカ問題の解決策として語ることには慎重であるべきだ。
確かにRipple & Beschta (2012, 2025)はアスペン食害減少とヤナギクラウン体積の1500%増加を報告したが——
- Kauffman, Brodie & Jules (2010) Ecology は行動誘発型栄養カスケード仮説を棄却
- Mech (2012) Biological Conservation は「オオカミの聖別化」を警告
- Peterson et al. (2014) Annual Review は中立的に「多因果」と結論
日本の人口密度330人/km²は、イエローストーン周辺の5人/km²未満と二桁違う。米田政明(2006)、梶光一・羽山伸一らがオオカミ再導入に否定的なのは、生態学的収容力と社会受容性の両面から日本への直接適用が困難だからである。
駆除反対論と駆除必要論のあいだで——日本のアクター配置
日本国内のNGO言説は二極化している。
日本熊森協会——動機は尊重するが手法は再考を
日本熊森協会(会員2万人)は「クマは本来臆病で、人を襲う習性はない。すみかを追われ捕殺されるクマの方こそ被害者」と一貫して駆除に反対し、凶作年にはヘリコプターも使って山中にドングリを散布してきた。
この活動については、保科英人(福井大学、2004年保全生物学的観点からの論文)、松田裕之(横浜国大、当時日本生態学会会長)らが学術的課題を指摘している。他地域のドングリに付着する昆虫・病原体の遺伝子かく乱、ネズミ個体数増加を介した他種への間接影響、餌付けによる人里近接行動の強化の可能性、そして効果と影響が査読検証されないまま大規模実施されている点である。日本ツキノワグマ研究所も「クマは青いドングリを好み、置いたドングリは食べない」と観察している。
クマの命を守りたいという動機は尊重されるべきだが、効果検証の欠如という科学的課題が残る——これが、この活動への公正な評価だろう。
アニマルライツセンター(ARCJ)——捕獲方法の改善を問う
**アニマルライツセンター(ARCJ)の主戦場は工場畜産と動物実験だが、野生動物については「駆除そのもの」というより「くくりわなの錯誤捕獲、ずさんな止め刺し、補助金による命の商品化」**を主要批判対象とする。
この区別は重要だ——駆除を否定しなくても、捕獲方法の動物福祉改善、鉛弾から銅弾への転換、認定捕獲事業者の訓練基準は両立論の射程に入る。
大日本猟友会——高齢化と担い手問題
対極の大日本猟友会は会員約10万人の6割が60歳以上で、担い手減少の危機にある。能登半島地震以降の銃砲所持許可厳格化、1発1,000円に高騰した装備コストへの支援を訴える一方、**「駆除は本業ではなく狩猟愛好者団体」「効率的駆除と趣味狩猟の役割分離を」**との内部批判も出ている。
中間路線——WWFジャパン・兵庫県森林動物研究センター
その中間に位置するのがWWFジャパンと兵庫県森林動物研究センターの路線だ。
WWFジャパンは「モニタリングに基づく『ワイルドライフ・マネジメント』」を提唱し、**「現状では捕獲は必要だと考えますが、やみくもに捕獲すればいいというものではありません」**と明言する。
兵庫県森林動物研究センター(2007年設立)は**「個体数管理×生息地管理×被害管理」の三本柱**で国内初の体系的順応的管理を実施し、シャープシューティング(誘引後の選択捕殺)と広域柵、クマ放獣をデータで使い分けてきた。長野県小諸市の「ガバメントハンター制度」(2013年全国初の公務員化)、京都府のモンキードッグとゾーニングも、この科学的両立論の系譜にある。
2025年9月施行——緊急銃猟制度
政策面では2025年9月1日に**緊急銃猟制度(改正鳥獣保護管理法)**が施行された。ヒグマ・ツキノワグマ・イノシシを「危険鳥獣」に指定し、市町村長判断で住居集合地域での銃猟を可能にした制度である。
- 2025年9月20日:山形県鶴岡市で全国初の発砲許可
- 2025年10月15日:仙台市太白区で全国初の駆除
個体の命を守ることは大切だが、住宅街に居座るクマを法的不作為で放置することもまた人命の軽視である——この緊張関係を法制度として整理したことに、制度の意義がある。
私たちの生活圏で実装できること
ここからは、読者が実際に行動できる具体的な対策を、家庭・地域・政策の3レベルで整理する。
家庭レベル——今日から始められる対策
家庭菜園の電気柵
Amazonで購入できる末松電子の小型電気柵(2段250mセット約1.5〜2.5万円)やイノシシ対策セットがあり、イノシシには20cm・40cmの低段、シカには1.5m以上5段と種別設計を守ることが条件になる。
誘引物除去——米国BearWiseの日本版
家周辺では以下を徹底することが、クマ・サル・イノシシの誘引除去の第一手である。
- 柿・クルミ・栗の放棄果樹を伐採(放棄果樹はクマの最大誘引物)
- 生ゴミを屋外に放置しない
- ペットフードを屋外に出しっぱなしにしない
- コンポストの管理(匂いを抑える)
- 鳥の餌台の撤去(カラス・サル対策)
これだけで米国BearWiseの6原則の半分を実装できる。
キャンプ・登山時のクマ対策
- クマスプレー(カウンターアソールト等)を腰に携帯
- テント内に食品を持ち込まない
- 音を立てて歩く(鈴・ラジオ)
- 早朝・夕方の行動を避ける
これらの基本行動がSmith et al.の90%阻止率エビデンスを現実に効かせる前提条件である。
地域レベル——集落ぐるみの対策
個別農地柵ではなく集落ぐるみの広域柵と緩衝帯を整備する(江口祐輔『決定版 農作物を守る鳥獣害対策』が実務書として標準)。
具体的には——
- 藪払い・緩衝帯の整備:動物が身を隠せない「見通しの良い境界」を作る
- 放任果樹の共同伐採
- 誘引物マップの作成:地域で「クマを呼ぶポイント」を可視化
- わな猟免許取得:18歳から可能、3年更新制、受験料5,200円。若者や女性の参入が少しずつ進んでいる
政策レベル——制度への関わり方
政策レベルでは、以下が鍵となる。
- 鳥獣被害防止総合対策交付金のハード対策偏重からソフト対策(緩衝帯整備・放任果樹除去・誘引物管理・ICT活用)への予算シフト
- 電気柵設置後の維持管理への継続支援(初期投資補助金だけでは解けない)
- 認定捕獲事業者の訓練基準強化と動物福祉配慮
- 会計検査院が指摘した「設置しても管理されない柵」問題の制度的解決
意見表明の手段としては、パブリックコメント、地方自治体の鳥獣対策協議会への参加、専門NGOへの支援(WWFジャパン、日本自然保護協会など)がある。
境界線を引き直す
獣害問題の本質は、クマが悪いのでもシカが悪いのでもなく、里山という緩衝装置を失った日本社会が、野生動物との距離をどう再設計するかという問いである。
査読エビデンスが示す答えは明瞭だ。駆除は最終手段として必要な局面が確かに存在する——プロブレム個体、収容力超過、外来種、家畜防疫の四領域である。
しかし予防・排除・忌避・追い払い・選択的除去という上位ラダーを使い切る前に個体群駆除に飛ぶことは、科学的にも経済的にも非効率で、空間スピルオーバーや社会構造破壊という意図せざる結果を招く。
「感情を否定しないがエビデンスで線を引く」とは、クマを殺したくないという気持ちを否定せず、しかしドングリを山に撒けば解決するという楽観にも与せず、駆除を止めれば人命が守れないという現実と向き合うことだ。
アニマルライツセンターが問う「捕獲方法の苦痛」と、農水省が引き受ける「被害現場の緊急性」は、実は同じ軸の両端にある。IWMの階層的ラダー、Carter & Linnellの「tolerable impact levels」、BearWiseの行動変容強制、兵庫県森林動物研究センターの三本柱は、いずれもその両端を科学で接続しようとする試みである。
2025年度の人身被害237人という数字は、単なる統計ではない。それは私たちが野生動物を「怖い敵」か「かわいそうな被害者」かの二分法で語り続けた結果でもある。
第三の視点——共存はリスクゼロではなく、駆除は目的ではなく、科学は感情の敵ではない——を、個人の家庭菜園から国の制度設計まで貫通させられるかどうかに、この国の野生動物政策の成否はかかっている。
共存はリスクゼロではなく、駆除は目的ではない。 必要なのは「どこで線を引くか」を科学で決めることだ。


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