野生鳥獣による農作物被害は、令和6年度に全国188億円(対前年度+24.0億円)。このうちニホンザル(Macaca fuscata)による被害は約8億円で、シカ(79億円)・イノシシ(45億円)に比べれば一桁少ない。だがサル被害の難しさは金額には表れない。畜産学・行動学の視点で見ると、サルだけが他の獣種と決定的に違う性質を3つ持っている——群れで動く、駆除が逆効果になりうる、そして人間並みの速度で学習する。
本記事はサル被害に直面する中山間地の果樹農家、家庭菜園、そして近年急増する都市近郊住宅地住民を読者に想定し、令和6年5月に環境省が改定した『特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(ニホンザル編)改定版』を中核に、群れの行動学から実践対策までを整理する。獣害対策の全体像は獣害対策のリアル——科学的に「殺さずに防ぐ」方法と駆除の必要性の境界線で扱った。本記事はサルに固有の論理に絞る。
1. なぜサルは「駆除しても減らない」のか
ニホンザルが厄介なのは、群れごと管理しなければ被害が止まらないという特性にある。環境省ガイドライン2024は冒頭でこう明記する。
ニホンザルの個体群管理は、ニホンザルが基本的に群れで行動する動物であるため、群れごとに管理方針を決定していくことが基本であり、ニホンジカやイノシシなどのように不特定の個体を対象とした個体数や生息密度の管理ではない。 ——環境省『特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(ニホンザル編)改定版』2024年5月
これは単なる手続き上の注意ではない。サル被害対策における駆除の効果が、シカやイノシシのそれとは構造的に異なるという公的な認識である。同ガイドラインに先立つ全国検討会では、宇野壮春氏(東北野生動物保護管理センター)が「群れの特性を把握しないまま闇雲に捕獲しているため、適切な捕獲管理ができていない」「明確な管理目標のない場当たり的な対策では、密度が減少しても被害が減少しない、個体群の分断化、スマートモンキーの出現で捕獲効率低下」を招くと警告している。
宮城県の公式解説はさらに踏み込む。室山泰之氏(京都大学博士・元神戸大学教授、サル害対策研究の第一人者)の見解として、「群れ内で有力なオスを除去した場合に群れが分裂して被害区域が以前よりも広がった例もある」「個体数調整は、聞こえはいいが、簡単にいえばサルの駆除であり、明らかにサルの都合が無視され人間の都合だけが優先している」と公式サイトに掲載されている。
イノシシ対策(別記事で詳述)では「捕獲しないと被害は確実に増える」がほぼ標準的な見解だ。ところがサルでは、やり方を間違えれば駆除そのものが被害を悪化させる——獣害4種のうち、これがあてはまるのはサルだけである。本記事は、この一点を出発点に対策を組み立てる。
2. ニホンザルの社会構造——母系的複雄複雌群
群れ管理の科学を理解するには、社会構造を押さえる必要がある。京都大学野生動物研究センターは、ニホンザルの群れを「母系的複雄複雌群」と分類する。
ひとつの群れは、複数のオトナのオスと複数のオトナのメスとそのコドモたちから構成。メスは生涯を生まれた群れで過ごすが、オスは性成熟に達する4-5歳ごろに生まれた群れを出ていく。 ——京都大学野生動物研究センター・ニホンザルホームページ
この一文に、サル被害対策の構造的難しさが凝縮されている。群れの中核を構成するのはメスの血縁集団であり、被害行動の伝承もメスのラインで世代を超えて続く。一方、目につきやすい「強そうなオス」を捕獲しても群れの構造自体は変わらない。1〜2年で別の若いオスが流入してくるだけである。
群れサイズは地域・餌資源・季節で大きく変動するが、通常10数頭〜100頭超、多くは30〜50頭前後。京都嵐山の観察群は約120-160頭で京都大学が60年以上の個体識別記録を持ち、大分の高崎山ではB群・C群合計1,039頭(2020年11月)が確認されている。行動圏は文献により1〜30km²、多雪地ではこれより広い。
家畜であるブタやウシ、あるいは獣害の代表種であるシカ・イノシシは「胎盤型・群れ社会・社会的学習」という形質を共有する真獣類だが、霊長類は系統的にヒトに最も近く、模倣学習や文化的伝播の能力が他の真獣類とは桁違いに高い。後述する幸島の芋洗い文化は、その最も有名な実証例である。サル対策が「ブタやシカと同じ電気柵」では立ち行かない理由の半分は、ここにある。
「ボスザル」呼称の終わりとハナレザル
長く使われてきた「ボスザル」という呼称は実態を反映しないとして使われなくなりつつある。高崎山自然動物園は2004年から「α(アルファ)オス」、2021年7月以降は「第1位」と呼ぶ。優位順位はあるが群れを統率するリーダーというイメージとは異なるためで、2021年には史上初めてメス「ヤケイ」が第1位となる「高崎山の変」が起きた。
群れから一時的・恒久的に離れた個体は「ハナレザル」と呼ばれる。オスは10〜11歳までにほぼ完全に出自群から消えるとされ、人馴れすると都市部や住宅地に侵入しやすい。ここで重要なのが**群れの分裂(group fission)**である。兵庫県の管理基準では「分裂警戒頭数:オトナメス20頭以下」「絶滅警戒頭数:同15頭」「絶滅危惧頭数:同10頭」と段階的指標が設定されている。捕獲によってオトナメスが20頭を切ると分裂のリスクが高まる——「やり過ぎ」を防ぐ閾値があるという点で、シカ・イノシシとは管理の論理が違う。
なお下北半島では1970年代初頭の約220-230頭・分布域60km²から、2007年頃に約2,500頭まで拡大した記録があり、ある閾値を超えると群れが連鎖的に分裂・拡散する性質を物語る事例となっている。
3. 認知と学習——畜産学PhDから見たサルの「速さ」
イノシシ対策で柱となる「鼻先学習理論」(別記事で詳述)は、サルではそのまま使えない。サルの学習速度はイノシシよりさらに速いうえ、好奇心が旺盛で「失敗しても何度でも試す」性質を持つためだ。江口祐輔氏の実験では、ネットをめくり上げて侵入する発想はサルよりイノシシの方が早く獲得する例も報告されている。にもかかわらずサル対策が難しいのは、サルは何度も挑戦するため、一度でも成功体験を作るとその経路が固定化する点にある。柵の設計思想は「侵入を1回も成功させない」ことが鉄則だ。
文化的伝播の力を象徴するのが、宮崎県幸島で観察された芋洗い行動である。1953年にメス「イモ」が始めた行動が群れ内で世代を超えて伝承され、河合雅雄(京都大学)・Kawai(1965)による Primates 誌の論文は、ヒト以外の動物に「文化」概念を拡張した世界的事例として認識されている。被害対策の文脈に翻訳すると、「うちの集落の畑に出ても何もない」という経験は群れ内に伝承され、世代を超える。逆に「ここで一度果実を食べた」という経験も同じく伝承される。電気柵を24時間通電する理由、放任果樹を残してはいけない理由、観光地の餌付けが集落侵入に波及する理由——すべてこの「学習の伝承性」に行き着く。
4. 群れ管理の科学——環境省ガイドライン2024の核心
環境省ガイドライン2024の最大の貢献は、「個体ベース」から「群れベース」への管理原則の転換を公式に確立した点にある。
加害レベル0〜5の6段階分類と地域モデル
ガイドラインは群れごとに加害レベルを評価する。レベル0(山奥に生息、集落出没なし)から、レベル3(加害群の中で最も多く、群れの一部が出没)、レベル4・5(人馴れが進み防除が効きにくい、レベル5は通年・頻繁、人身被害の恐れ)まで段階的に判定する。
比較可能な14府県のデータでは、平成29年度から令和4年度の5年間で加害群数は948群→988群に増加したものの、加害レベル4・5の群れ数は315群→275群に減少した。一方で加害レベル3は358群→477群と大きく増加している。「最悪の加害群を減らす対策が効いている地域がある一方、軽度の加害群が拡散している」という構図だ。同期間にサル被害額は約13億円→7億円(約4割減)に下がっており、群れ単位管理の方向性に一定の効果が出ていることを環境省は公式に認めている。
改定版で新設された「要配慮地域」概念は、地域個体群の保全と被害対策のバランスから捕獲時の配慮が必要な地域を選定する仕組みで、下北半島(国指定天然記念物「下北半島のサルおよびサル生息北限地」、1970年指定)、幸島、屋久島、北限・南限の地理的辺縁個体群などが該当する。なおニホンザルは指定管理鳥獣でも狩猟鳥獣でもない(令和6年4月時点)。シカ・イノシシのような規制緩和措置や指定管理鳥獣捕獲等事業の支援対象外であり、特定計画策定済み府県は29にとどまる。これが現場対策のリソース不足の一因にもなっている。
群れ追跡——京丹波町・伊賀市下阿波モデル
群れ単位の管理を支えるのが発信機による位置追跡だ。大丹波地域サル対策広域協議会(2017年3月発足、福知山市・南丹市・京丹波町・篠山市・丹波市の5市町)は府県境を越えた広域連携の代表例で、兵庫県森林動物研究センターが2012年から発信機装着を始めている。NPO**里地里山問題研究所(さともん、鈴木克哉代表)**が開発した「サルイチ」(サル位置情報発信システム)は、住民自作のアンテナ・受信機で運用できる点が画期的だ。
三重県農業研究所(山端直人氏在籍時)が確立した「組織的追い払い手法」は、①サルを見たら集落の住民に知らせる、②みんなで集まる、③出ていくまで追い立てる(侵入方向から追い返さず流れに逆らわない)という3ステップに集約される。三重県伊賀市下阿波集落では、家屋にまで侵入していたサルが「人を見たら逃げるようになり、出没や接近そのものが減少」した。同市比自岐地区では侵入防止柵+ICTの併用で被害額を650万円→14万円に削減した報道もある。集落単独の追い払いは隣集落への移動を招くだけで、地域全体の被害は減らない。広域連携と集落ぐるみの両輪が、群れ単位管理の実装形である。
5. 非致死的対策の実装——電気柵の3D設計
物理柵の総論はシカ被害の科学的対策で扱った。サルでは事情が大きく違う。サルは跳び越え、潜り込み、上から侵入する(電線・木枝伝い)。地面と空中の両方を塞ぐ3D設計が必須になる。
奈良県果樹振興センターが開発した**「猿落君(えんらくくん)」は、弾力性のあるグラスファイバー支柱を使い、サルがよじ登ると支柱がしなって落下する仕組みを採用している。山口県萩市等でモデル柵が設置されている。兵庫県立大学・兵庫県香美町・末松電子製作所が共同開発した「おじろ用心棒」は、ワイヤーメッシュ+電気柵+支柱通電の組み合わせで、サルが金網を登りきる前に感電するよう設計されている。ホクエツの「おじろポール」**は金網柵上部に4段電気柵+専用ポールを組み合わせる派生型である。
協和テクノが提唱する「長野式電気柵」では、上部はネット内で7段+忍び返し3段、24時間通電が標準仕様となる。基本仕様としては7段張り、5・7段目をマイナス線、24時間通電(明け方・夕方も活動するため)。農水省マニュアルは「ネットに電気を流すネット柵」をサル・イノシシ・シカで唯一二重丸の評価としている。
サル特化の電気柵で最も多い失敗が、柵周辺の樹木からの飛び移りである。設置時には柵の周囲3m以上の距離を取り、斜面・木枝・電線から飛び移られないよう樹木を伐採する必要がある。屋根伝い・電線伝いも同じ論理で塞ぐ。主要メーカーは末松電子製作所、ホクエツ、ファームエイジ、Gallagher、未来のアグリ、協和テクノなどで、家庭菜園規模では「猿取り助(さるとりさすけ)」のような家庭用電気ネット柵も流通している。
6. モンキードッグ——犬猿の仲を制度化する
サル対策で日本独自に発達した手法がモンキードッグである。長野県大町市が2005年に全国初の育成プログラムを開始し、花火や大音響では効かなかった群れに対して効果を上げた。当時、大町市は15-16群・約900匹のサル生息と推定されており、導入地区では「常時40-50頭の群れが2か月後激減」した記録がある。2012年時点で全国29県・約370頭が活動、大町市内だけで28頭が稼働していた。
訓練の3要件は①サルだけを追う、②人や他動物に危害を加えない、③飼い主が呼んだら戻るで、基礎訓練約4か月+現地訓練約1か月、損害保険加入が必須となる。長野県安曇野ドッグスクール(磯本隆裕代表)が訓練拠点で、信州大学の泉山茂之教授がGPSを用いた行動域変化マップで効果を科学的に検証している。新潟県胎内市、岐阜県郡上市、神奈川県愛川町・清川村、兵庫県、福島県など各地に展開している。
動物福祉の観点では、訓練中の事故(犬が車にはねられる例)も報告されており、幹線道路には「モンキードッグ活動中、減速を」の看板を立てる自治体もある。海外の家畜保護犬(イタリアのMaremma sheepdogなど)とは異なり、モンキードッグは日本の中山間地で独自に発達した文化である点を、日本の獣害対策の特徴として記録しておきたい。
7. 追い払いツール、ドローン、誘引物管理
集落の現場で使われる追い払いツールは、ロケット花火、爆竹、サルバスター(エアガン型)、強力パチンコ、追い払いピストル、犬笛などである。ただし慣れ(habituation)が早く起きるため、ローテーションと集落ぐるみの一斉運用が前提となる。
2020年代後半に普及拡大したのがドローン追い払いだ。静岡県沼津市は2022年2月にJAなんすん・市と共同で実証を始め、福井県越前市は2023〜2025年にアタックドローンを導入した。兵庫県丹波篠山市では2025年に「ひょうごTECHイノベーションプロジェクト」のもと、skyer社と共同で光・人声・猛獣音声・デカンショ節など21パターンの音響実験を行っている。赤外線カメラ+スピーカー(犬や鷹の鳴き声など)を搭載することで、追い払いと生息域調査を同時に実施できる点が、従来手法にはなかった利点だ。
誘引物管理ではクマ記事で詳述した放任果樹・生ゴミ等が共通点だが、サル特有の論点が3つある。第一に、寺社・墓地のお供え管理。井上鋭夫氏(奈良県農業技術センター元所長)はこれらを「腹の立たない餌」と呼んだ。東京都立八王子霊園は2024年に公式注意喚起を出し、「お供物がエサになると、霊園の近くに居住し去らなくなる。お供物は必ずお持ち帰りいただく事が最善」と記載している。第二に、観光地餌付けの集落侵入への波及。1956年開園の嵐山モンキーパークいわたやま、1953年開園の高崎山自然動物園——観光資源化に成功した一方で、過剰な餌付けは周辺集落の被害に波及する。1970年代まで全国30箇所あった野猿公苑は1989年に17箇所まで減少した。第三に、サルが嫌うとされる作物の活用——トウガラシ・コンニャク・シソ・ゴボウ・ショウガ・ワラビなどが各自治体マニュアルで挙げられているが、これだけで被害ゼロにする実例は限定的だ。
8. やりがちな失敗5つ
ここまでの内容を、現場でやりがちな失敗5つに整理しておく。第一に、個体捕獲だけで群れに介入していない——環境省ガイドライン2024の「群れベース管理」原則に反する典型例で、捕獲を続けても被害が減らない構造的理由となる。第二に、集落単独の追い払い——隣集落への移動を招くだけで地域全体では被害は減らない。第三に、観光地ボスザルの放置——人馴れが集落侵入に波及する。第四に、寺社・墓地のお供え管理を忘れる——八王子霊園のような公的機関の警告が出ている。第五に、屋根・電線伝いの侵入経路を塞いでいない——電気柵を設置しても柵周辺3m以内に木枝があれば飛び越えられる。加えて六番目として、「かわいい」対応で餌を与えることを挙げる。子ザルやハナレザルへの餌やり、人馴れした個体を撫でる行為は、たった一度でも食物条件付けを進めうる。
9. FAQ——B型ヘルペスウイルスを含む健康リスク
庭にサルが来たら:目を合わせない(敵意とみなされる)、ゆっくり後ずさり、大声・物投げはしない(興奮させる)、戸締まり(2階の窓も)が基本。通報先は市町村農林課または環境政策課、身の危険があれば110番。鳥獣保護管理法により勝手な捕獲はできない。
噛まれた時:5分以内に石けんまたは消毒薬で15分以上洗浄、目・粘膜は流水で丹念に。ニホンザルはマカク属サル類が保有する**B型ヘルペスウイルス(Macacine alphaherpesvirus 1)**を保有している可能性がある。ヒトに感染すると致命的な脳炎を引き起こす可能性があり、感染症法上の4類感染症に指定されている(米国CDCの報告では、ヒトのBウイルス病患者は約50例で、すべて研究者・飼育施設従事者)。一般市民レベルで野生個体から感染した確認例は研究者中心だが、人馴れした個体に近づくと咬傷リスクは決して低くない。咬まれた場合は速やかに医療機関を受診し、暴露後2-3時間以内に抗ウイルス剤(アシクロビル、バラシクロビル、ファミシクロビル、ガンシクロビル)を投与する判断が重要である。
観光地での遭遇:嵐山モンキーパークのルールが参考になる——「2m以上離れる、カメラを差し出さない、しゃがまない、目を合わせない」。
10. 駆除が避けられない4領域
非致死的対策を主軸に置きつつ、駆除が避けられない領域も整理しておく。第一に、加害レベル4・5の群れの部分捕獲・群れ捕獲・選択捕獲(環境省2024ガイドラインが段階的選択肢として明示)。第二に、人身被害(噛みつき・引っかき)を起こした個体。第三に、都市侵入の常習個体・ハナレザルで近隣住民に明確な危険がある場合。第四に、群れ単位の管理計画に基づく加害群の段階的捕獲である。
ただしすべての場合で、地域個体群の保全とのバランスが前提となる。オトナメスが15-20頭以下になると分裂・絶滅警戒の閾値に入る。下北半島・幸島・ヤクシマザル(屋久島)など地域個体群そのものが保全対象である地域では、被害対策と保全が両立する管理計画が不可欠だ。獣害政策論の総論は獣害ハブ記事で扱った。
11. 海外比較——ケープタウンとロップブリーから何を学ぶか
海外のサル管理から日本が学べる事例を簡潔に2つ。
南アフリカ・ケープタウン:Cape Peninsulaに約230〜500頭以上のChacma baboon(チャクマヒヒ)が生息する。1999/2001年開始のUrban Baboon Programmeでは、約50〜70人のレンジャー(Baboon Monitor)が日の出から日没まで巡回し、群れを集落から追い払う。HWS社は60レンジャーで11群449頭を管理し、管理群の95%以上を集落外に維持してきた(契約価値は年1,200万ランド・約8.4億円規模)。だが2024年12月の新Action Planでは「フェンス越境個体は安楽死」を規定し、動物福祉団体と対立している。日本との示唆:駆除より監視・追い払い・誘引物管理が中心だが、人的コストは極大。
タイ・ロップブリー:カニクイザル約3,121頭が住民58,000人と同居する「Monkey City」。COVID-19で観光客激減→食料不足→住民攻撃急増という連鎖が起き、2020〜2024年に大規模不妊化プログラム(「100%不妊化」目標)で5か月で「primate pandemonium」を鎮静化した。日本との示唆:餌付け文化が観光資源と結びつき、対策の合意形成が困難という点で嵐山・高崎山と類似する。
両国とも「物理柵だけでは止められない」「合意形成が制約条件になる」「群れ管理の発想が必要」という点で日本と共通する。一方、不妊化を大規模に運用する制度・予算は日本には存在しない(参考:インド・ヒマーチャルプラデシュ州は2006年から外科的不妊化を導入し、2021年までに同州個体群の51.4%を不妊化したが、それでも被害は減らず、2016年に害獣指定が導入されている)。これは今後10年の政策論点になりうる。
12. 商品の選び方(参考)
電気柵は末松電子製作所、ホクエツ、ファームエイジ、Gallagher、未来のアグリ、協和テクノなどがサル対応の3D設計品を販売しており、「猿落君」「おじろ用心棒」「おじろポール」は商品名・自治体採用例で検索可能だ。家庭菜園規模では「猿取り助」のような家庭用電気ネット柵もある。追い払いツールは慣れを避けるためのローテーションが前提で、ドローンは自治体・JA・地域協議会単位の規模感が現実的(個人購入は推奨されない)。導入前には市町村農林課や都道府県の鳥獣害対策担当に相談を。鳥獣被害防止総合対策交付金や地域協議会経由の支援メニューを活用した方が経済性が高い場合が多い(交付金の総論はイノシシ記事で詳述)。
結語——群れと共存するという選択
サル被害対策は、シカ・イノシシ・クマと並ぶ4大獣害の一つでありながら、論理が独自である。駆除すれば減るとは限らない、群れごと管理しなければ被害は止まらない、学習速度が他の獣種より桁違いに速い——この3点が、対策設計の出発点になる。
環境省ガイドライン2024が示した「群れベース管理」「要配慮地域」「加害レベル別対応」の枠組みは、現場で運用するには複雑だ。だが、室山泰之氏の言葉を借りれば、**「サルの都合と人間の都合を両方視野に入れる」**こと——これが本記事のサブタイトル「殺さずに防ぐ」の意味である。完全に殺さないという立場でも、現状を放置するという立場でもなく、群れの行動学に基づいて被害を最小化する第三の道。30年後・50年後の中山間地と都市近郊が、サルとどのように共存しているか——その姿は、今の対策の積み重ねで決まる。
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- 獣害対策のリアル——科学的に「殺さずに防ぐ」方法と駆除の必要性の境界線——獣害全体の原理、IWM(統合的野生動物管理)の枠組み、駆除と非致死的対策の科学的エビデンス比較。本記事の総論として推奨。
- イノシシの習性と対策——畜産学博士が解説する「殺さずに防ぐ」実践ガイド——電気柵の鼻先学習理論、誘引物管理、豚熱(CSF)対策など、イノシシ固有の論点を実務ベースで掘り下げた記事。鳥獣被害防止総合対策交付金の詳細はこちらに。
- シカ被害の科学的対策——畜産学博士が解説する「殺さずに防ぐ」実践ガイド——2mネットフェンス、不嗜好植物、生態系被害など、シカ独自軸の実務記事。物理柵の総論はこちらに。
- クマに襲われない・呼び寄せないために——郊外住民と家庭菜園のための実践ガイド——住宅地周辺・家庭菜園での誘引物管理、軽井沢モデル、緊急銃猟制度の実務面を扱った姉妹記事。

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