秋になるとSNSが分断されます。
「クマを殺すな」「命を守るために仕方ない」
どちらの気持ちも理解できます。ただ、この問題は感情論のまま終わらせてよい問題ではありません。なぜなら、科学的に見ると「駆除だけ続けても解決しない」と同時に「共存だけでも解決しない」という、両方に不都合な事実があるからです。
この記事では、国内外の査読済み論文と政府統計に基づいて、クマ問題の現状と「本当に何が必要か」を整理します。
まず数字を確認する
2025年度(2025年4月〜2026年3月)、クマによる人身被害者は全国で238人、うち死亡13人でした(環境省速報値、日本経済新聞2026年4月)。これはこれまでの最多だった2023年度(219人、死亡6人)を上回り、過去最悪の記録です。
出没件数も2025年度上半期だけで2万792件(北海道除く)と、統計開始以来初めて2万件を超えました。
同時に、もう一つの数字も重要です。捕獲されたクマのうち約98%が駆除(捕殺)されています(2023年度環境省データ)。追い払って終わりではなく、捕まえたクマのほぼ全てが殺されているのが現状です。しかも2023年度は本州で7,851頭(過去最多)を捕獲したにもかかわらず、人身被害も同年度過去最多を記録しました。捕獲数を増やしても被害が増え続けているという事実は、後述する国際研究の知見と一致しています。
なぜ増えているのか——3つの要因
要因①:個体数の増加と分布拡大
環境省の集計によると、ツキノワグマの全国推定個体数は2012年の約1.5万頭から2023年に約4.4万頭へ約3倍に増加しました。分布域も過去40年で約1.4倍に拡大しています。
この分布拡大の主要な原因を実証したのが、Baekら(2025年、Communications Earth & Environment)の研究です。日本の大型陸生哺乳類6種の過去40年間のデータを全国スケールで分析した結果、耕作放棄地の増加と積雪量の減少が分布拡大の主要ドライバーであることが明らかになりました。農山村の人口減少・高齢化により里山を見回る人が減り、放置された農地が野生動物の移動回廊を形成しています。狩猟者数も1975年の51.7万人から2020年の21.8万人に激減し、残存者の60%以上が60歳超です。
要因②:ドングリの不作——ただし「飢餓」ではない
クマは秋に冬眠に備えて集中的に食べる時期(過食期)に入ります。ブナやコナラの実(ドングリ類)が不作になると、クマは広い範囲を移動して食べ物を探します。
Fujikiら(2018年、Journal of Forest Research)は兵庫県の12年間のデータを用い、ブナ・ミズナラ・コナラ3種の豊凶と秋季の出没の相関を分析した結果、R²=0.96という極めて高い相関を示しました。
しかし重要な反直感的知見があります。島根県中山間地域研究センターの澤田誠吾らが約650頭の体内脂肪を16年間分析した研究では、ドングリ不作年に人里へ出没したクマの多くは飢餓状態ではなかったのです。出没の主因は生理的な栄養悪化ではなく、放置された柿の木など人里の魅力的な食物資源の存在でした。「飢えたクマが仕方なく降りてくる」という物語は、少なくとも部分的には修正が必要です。
要因③:人間側の変化
農山村の人口減少により、里山を見回る人・日常の警戒の目が減りました。放置された柿・クリの木、管理されていない果樹園、不適切なゴミ管理——これらがクマを人里に引き寄せます。クマは学習能力が高い動物です。「人間の近くに食べ物がある」と学習した個体は繰り返し出没するようになります。
「駆除すれば解決する」は正しいか
駆除には短期的な安全確保の効果があります。しかし**「駆除し続けることで問題が解決する」とは、科学的に言えません。**
クマへの介入策の効果を最も体系的に評価した研究は、Khorozyan & Waltert(2020年、Scientific Reports)による48文献77事例のメタ分析です。各手段の被害削減率(中央値)は以下の通りでした。
| 介入手段 | 被害削減率(中央値) |
|---|---|
| 電気柵 | 97.1% |
| 食物・ゴミ隔離 | 54.1% |
| 移動(放獣) | 55.8% |
| 嫌悪条件付け | 45.7% |
| 致死的管理(駆除) | 26.1% |
致死的駆除の被害削減率は**26.1%**と最も低く、さらに「時間とともに有意に低下する」という傾向が示されました。Treves, Krofelら(2016年、Frontiers in Ecology and the Environment)のレビューでも、致死的手法の一部では被害がかえって増加した事例が報告されています。
なぜ駆除が逆効果になりうるのか。学術的に指摘されているメカニズムがいくつかあります。問題個体を除去しても周辺から別のクマが移入してくる「補償的移入」、経験豊富な年長のオスを除去することで社会構造が崩れて攻撃的な若い個体が増加すること、密度が低下すると残存個体の繁殖成功率が上がる「補償的繁殖」——これらが組み合わさって、単純な捕獲増加が長期的には効果をもたらさない理由を説明します。
「共存」は可能か——軽井沢の事例から考える
長野県軽井沢町では、NPO法人ピッキオが2000年からツキノワグマ対策を担っています。結果として、2011年以降、住宅地・別荘地での人身事故がゼロを継続しています(2025年4月時点で14年連続)。
通報件数の推移は劇的です。クマ関連通報は2006年の約300件から2017年に4件へ約99%減少しました(Hiorns & Tamatani, 2023年、CDPnews)。ゴミ箱荒らしも2003年の約80件から2009年にゼロになり現在まで維持されています。
ここで使われているのは「駆除ではなく共存」という単純な話ではなく、複数の手段の統合的な組み合わせです。
個体識別と追跡:捕獲した38頭(2024年9月時点)に電波発信器を装着して行動をモニタリングし、人の生活エリアに近づいたクマをリアルタイムで把握します。
ベアドッグ(クマ追い払い犬):カレリアン・ベアドッグが大きく吠えることでクマを山の奥へ追い払います。クマは学習能力が高いため、繰り返すうちに「ここは来てはいけない場所だ」と学習します。犬もクマも傷つけない方法です。
誘引物の徹底管理:クマが開けられない専用ゴミ箱の設置、農作物への電気柵、放置果実の除去。
ただし、軽井沢の成功をそのまま全国展開できるわけではありません。軽井沢は鳥獣保護区内で狩猟が禁止されており、ベアドッグ以外の選択肢がそもそも限られていた特殊事情があります。専門スタッフが24時間体制で対応するコストも前提です。また2024年には、住民がクマに餌付けを繰り返した個体について、追い払いが効かないため最終的に駆除を選択した事例もありました。
クマスプレーは銃より有効という事実
登山者・農作業従事者に知ってほしいデータがあります。
Smithら(2008年、Journal of Wildlife Management)はアラスカで20年間83件のクマスプレー使用事例を分析した結果、ヒグマに対して**92%**の確率で攻撃行動を停止させ、スプレー携行者の98%が無傷でした。
対照的に、同じSmithらによる銃器の有効性研究(2012年、同誌)では、ライフルの有効率は**76%**で、269件中151件(56%)で人間が負傷していました。著者らは「クマスプレーが使用されていれば93%の事例で人・クマ双方の命を救えた可能性がある」と結論づけています。
日本クマネットワークの分析では、被害の多くが山菜採り・農作業中の高齢者の単独行動で発生しています。クマスプレーの携帯と正しい使用法の普及は、駆除と同等かそれ以上の被害防止効果が期待できます。
地域ごとに全く異なる対策が必要
クマ問題に対する議論が難しい理由の一つは、地域によって状況が根本的に異なることです。
四国のツキノワグマは2024年度調査で確認されたのがわずか26頭。複数の研究が遺伝的多様性の喪失を確認しており、近交弱勢を考慮した試算では絶滅確率が62%(2036年時点)に達するという深刻な状況です。ここで「駆除を増やす」という議論は、種の絶滅を加速させることになります。
東北のツキノワグマは個体数が増加し、2025年度は東北6県だけで全国の出没の6割超を占めました。分布拡大した地域での被害増加に対しては、科学的な個体数管理が必要です。
同じ「クマ」でも、対策は地域個体群の状況に応じて全く異なる判断が必要です。一律に「もっと駆除を」「駆除をやめろ」と主張することは、どちらも科学的ではありません。
まとめ
- 2025年度のクマによる人身被害は238人・死亡13人で過去最悪
- 2023年度に過去最多の7,851頭を駆除したが、人身被害も同年度過去最多だった
- 国際的なメタ分析では電気柵の被害削減率97%に対し、致死的駆除は26%
- 「飢えたクマが降りてくる」という単純な物語は修正が必要——誘引物管理が最優先
- 軽井沢モデル(個体追跡・ベアドッグ・誘引物管理の統合)は14年間人身被害ゼロを達成
- 四国(26頭・絶滅危機)と東北(増加中)では全く異なる対策が必要
- 「保護か駆除か」ではなく「科学的根拠に基づく地域別の統合管理」が問い
感情的な二項対立は問題の解決を遅らせます。動物を守りたい気持ちも、人の命を守りたい気持ちも、どちらも正当です。だからこそ、感情ではなくデータと科学に基づいて何が機能するかを考えることが、両方の目標に近づく道です。
参考文献・資料
- 環境省「クマ類の生息状況・被害状況等について」(2023年度)
- 環境省「クマに関する各種情報・取組」(2026年)
- 日本自然保護協会(NACS-J)「2025年のクマ類による人身被害の増加に関する現状認識」
- 日本クマネットワーク(JBN)「2025年秋季のクマ類をめぐる状況に関する現状整理」(2025年11月)
- Baek et al.(2025)「The range of large terrestrial mammals has expanded into human-dominated landscapes in Japan」Communications Earth & Environment 6: 292
- Khorozyan & Waltert(2020)「Variation and conservation implications of the effectiveness of anti-bear interventions」Scientific Reports 10: 15341
- Fujiki(2018)「Can frequent occurrence of Asiatic black bears around residential areas be predicted by a model-based mast production?」Journal of Forest Research 23(5)
- Treves, Krofel & McManus(2016)「Predator control should not be a shot in the dark」Frontiers in Ecology and the Environment 14: 380–388
- Smith et al.(2008)「Efficacy of Bear Deterrent Spray in Alaska」Journal of Wildlife Management 72(3): 640–645
- Smith et al.(2012)「Efficacy of Firearms for Bear Deterrence in Alaska」Journal of Wildlife Management 76(5)
- Hiorns & Tamatani(2023)「Conservation of Asian Black Bears – Karuizawa」CDPnews Issue 27: 20–27
- NPO法人ピッキオ「ツキノワグマ保護管理」(公式サイト)
- 四国森林管理局ほか「四国山地におけるツキノワグマ生息調査の結果について(はしっこプロジェクト2024)」(2025年)

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